第19回当事者研究会


 2ヶ月ぶりに向谷地宣明さんをお迎えしての当事者研究会でした。初夏の少し汗ばむような陽気のなか、今回もたくさんの方においでいただきましてありがとうございました。

午前(前半):ともに生きるを考える~統合失調症学会の報告をまじえて~


午前の部は、2013年4月19・20日に浦河町で開催された日本統合失調症学会にあわせて、札幌と浦河を訪問したみほさんにその報告をしてもらいました。

 

まず札幌では、なかまの杜クリニックを見学しました。当事者研究では、爆発系の研究者が「自分の扱い方マニュアル」というテーマで研究していました。自分がどうしてほしいのかは分かっているのだけど、それをうまく伝えられなくて爆発してしまうそうです。「ダメだよ」と止めるよりも、「どうしたの?」「大丈夫?」とそっと聞いてほしいことが研究で分かりました。長年研究を続けているだけあって、熟練の爆発の技が感じられたそうです。

 

浦河は春の訪れの季節で、そこかしこにフキノトウが顔を出していました。今回の統合失調症学会は『ともに生きるを考える』をテーマにしていて、べてるの関わりも含めて当事者の声が大きく反映された会だったようです。二日間の学会を通じて、みほさんが特に印象に残ったことを伝えてくれました。

 

1日目には、当事者研究ライブ『元祖当事者研究べてる式』が行われました。べてるのメンバーや向谷地生良さん、お笑いコンビの松本ハウスさんらと一緒に、みほさんもステージに上がって研究に参加しました。「自分も話さなくては」と緊張して待っていたそうですが、時間の都合で残念ながら?出番が回ってこなかったそうでした。

 

統合失調症の当事者であるハウス加賀谷さんの研究では、「ネタは受けて当然だ」というお客さんが来ると聞いて、芸人さんも大変なんだなと感じたそうです。たくさん笑いのあるにぎやかな会で、「松本ハウスさんたちの笑いが、練り上げた香水のようだとしたら、木林さんらべてるのメンバーの笑いは、天然のアロマみたい」とそれぞれの笑いの良さを感じたそうでした。

 

2日目はシンポジウム『統合失調症を持つ人の子育て』に参加しました。当事者やその家族と支援者、浦河日赤病院の川村先生も交えて、親の立場・子の立場のそれぞれからお話を聞くことができました。

 

このシンポジウムでは、つながりの大切さを改めて感じたそうです。例えば浦河日赤病院の「あじさいクラブ」では、当事者やその親子の当事者研究を見学して、子育てでの困りごとを相談できる場があることを目にしたそうです。そういったつながりがある場所でなら、自分も子育てすることができるかもしれないと思ったそうです。

 

その後のランチョンセミナー『新たな価値を発信するリカバリー』では、児童精神科医の夏苅郁子先生を中心に、当事者の家族であり医師でもある夏苅先生自身のお話や、回復観についてお話を聞きました。

 

夏苅先生は近年、母親が統合失調症の当事者であることを公開しています。それまでは医者のなかでも当事者の家族のなかでもどこか居心地の悪さを感じていたそうですが、公開してからそこに変化があったそうです。当事者の方と手紙をやりとりするうちに、医師としての「夏苅先生」ではなく「夏苅さん」というひとりの人として交流することができて、そこで自分の居場所が感じられたということです。

 

医師であり当事者であるみほさんも、医師の輪にも当事者の輪にも馴染みにくいものをこれまで感じてきたそうです。そしていまデイケアやピアリンクのなかでただのみほさんとして見てもらえて、そのままで居られることにも、夏苅先生との共通するものを感じたということでした。

 

そういった共通の体験を踏まえて、みほさんにとっての回復とは「自己肯定と他者受容が積み重なって、生きていく安心感が増すこと」なのだと思ったということでした。

 

 

午前(後半):べてるのルーツをたどる旅 ドイツBethelを訪ねて・・・


向谷地宣明さんからは、ベーテル訪問のお話をしていただきました。統合失調症学会が終わった次の日から、べてるのメンバーとともに、ドイツ北西部のビーレフェルト市にある『総合医療・福祉共同体ベーテル』を見学に行ってきたそうです。

 

『べてるの家』の名前の由来でもあるベーテルは、教会を中心としたてんかん患者の療養施設として始まり、現在はヨーロッパの医療福祉の最先端を担っています。ヨーロッパ中から、医療関係者や支援者、そして多くの当事者が集まります。ドイツの厚生大臣は必ず訪問し、メルケル首相も任命の際に訪れたそうです。

 

ベーテルには障害者の働く場がたくさんあります。ある病院の一階には自転車屋が入っていて、そこでも障害者が働いているそうです。パン屋やスーパーなどはもちろん、車メーカーなどの大企業も障害者の雇用を広く行なっています。「施しよりも働きを」という設立理念に基いて、障害を持つ人はベーテルを通じて多種多様な仕事を得られるシステムができています。

 

今回の訪問では、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所も訪れたそうです。第2次世界大戦のさなか、ドイツはユダヤ人排斥だけでなく障害者の安楽死政策を行いました。戦争の負傷者に病院のベッドを空けるためでしたが、ベーテルはそれに対抗し、犠牲はごくわずかに抑えられたそうです。それでも犠牲者を出してしまったことについて、ベーテルの人たちは大きな後悔を持っているそうでした。

 

 

ノイシュバンシュタイン城も訪れたそうです。「築城依存症」のルートヴィヒ2世によって作られたお城で、当時のバイエルンの経済危機の原因にもなったのですが、その絢爛豪華なお城は現在はすばらしい観光資源となっています。いまの人々にとっては「よく作ってくれた」と喜ばれていて、「病気のおかげでお城ができた」ということでした。

 

ちょうどベーテルは桜の季節だったそうです。美しい町並みや、充実した就労システムにはとても興味を引かれます。「私もドイツに行きたい!」というピアリンクメンバーもいて、ドイツ熱が高まりつつあるようです。

 

午後(前半):当事者研究ライブ「支援者も苦労してます(汗)」


午後の部は、ライブ当事者研究でした。

一人目の方・Sさんは支援者の立場で今困っていらして、相談のテーマを出して下さいました。

 

Sさんの働く職場に手伝いに来てくれている方に幻聴の苦労、妄想の苦労があり、たとえば家の前を通る車の色で出かけられたり出かけられなかったりするそうです。

 

かなり苦労している様子を見るに見かねたSさん、病院に行くよう誘ってみたり、職場の当事者さんの語りに耳を傾ける機会を作ろうとしたりしたそうですが、ご本人は「私はからだが悪いのであって心の病気ではない」と、認める様子がありませんでした。

 

そこで、「病識」(=自分が病気であるという自覚)について皆で語らいました。共通したのは、「病識を持つのは難しいことがあるよね」ということでした。

 

その後、ご本人にどう関わっていったらいいか、アイデアを募り、さまざまな意見が出ました。「逆に、ご本人のところに相談に行ってはどうか?」「ホームパーティを開いたら?」といったユニークな案が出て、Sさんも「さっそく当事者さんを連れて相談に行ってみます」と笑顔を見せてくれました。

 

支援者の立場での当事者性を十分に発揮して「相談する支援者」をして下さったSさんの姿に、とてもうれしくなりました。

 

午後(後半):当事者研究ライブ「お昼休みなのに大変なんです。」


お2人目の相談者・Nさんは、最近職場が変わって、お昼時間の過ごし方に苦労しているそうです。

 

Nさんは、今いろいろな実験を試みています。同じ部署の人と一緒に食べたり、食堂で隣り合った知らない人と食べたり、一人で食べてみたり。けれど、(気を遣わせてしまって申し訳ない)(輪に入れなくて駄目な奴だ)(淋しそうと思われたかな)など、それぞれにお客さんが来て、困っているそうです。

 

お昼ご飯をどこで誰と食べるかの苦労は多くの人が体験したことがあるようで、私も、僕もと手を挙げる人が多かったです。向谷地さんからは、「ランチタイムの過ごし方にはソーシャルスキルが必要ですね」とコメントがありました。

 

そこでランチタイムの緊張の正体を皆で探ると、「仕事の時間と違い、フリーで自分の素が出ることに緊張する」「どう思われるかが気になる」「周りの人との距離感がとりがたい」などの声が上がりました。

 

根底には同じ部署の人と馴染みたい気持ちがあることを再確認し、これからも実験を続けるということでSさんの当事者研究は終了しました。

 

 

おふたりの発表を聴いて、自分の周囲の人とよりよいコミュニケーションをとりたいという気持ちがあるからこその苦労なんだなと、あらためて思いました。多くの人にとって共通するテーマでお話下さり、ありがとうございました。